こころ

今年も様々な事が起きて、様々な思いが世界を走った。
 
人は何を求めているのか??
 
最近感じる事が、信じて貰いたいと言う欲望だ。
 
ある子供が、学校にも行けず心の病だと
社会から判断されても、母親は「この子は大丈夫」と
信じきった。その結果その子は立派なアーティストになったとのこと。
 
死刑判決を受けていた死刑囚の母親が
「この子はやっていない」と信じ、何十年と訴訟し
最後には息子を救った!
 
 
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逆もある、、、、
心閉ざした犯罪者を信じきった。
裏切られても傷つけられても、その老人は
人間の良心を信じきった。
いつしか犯罪者は、立ち直り神父となり
数多くの罪人を救った。
 
この様なケースは世界中に転がっている
 
 
人は、子供でも大人でも、誰かに信じてもらいたのだろう
 
例え今、この瞬間、思っている事とやっている事が違っても
その表面ではなく、心を見て欲しい。
心を信じて欲しいと泣いている。
誰も解っちゃくれない、誰も信じてくれない
そう心を殺し、心を閉ざして生きている。
 
その辛さを忘れたい故に、誤魔化しの作業が入る
 
そのような人々が多いように見える
 
確かに人間は解り合えると言う事は出来ない
 
どんなに愛し合っても、どんなに求めても越えられない一線がある
 
しかし、人間はできる事が一つある。
 
それは信じる事だ!
信じてあげる事だ!
 
そしてそれは影を持つ。
 
盲目になると言う影を持つ。
 
一歩間違えたら、大きな危険を呼び込む。
 
 
しかし、信じる事を失った者達に何ができる
言葉を失った者達に何ができる
愛を失った者達に何ができる
 
全ては信じる事だ
それが始めの一歩だろう
 
信じたいなら、自分を信じろ
信じたいなら、馬鹿になる必要も時にはある
 
それは容易なことではない
 
傷つけられ、裏切られ、不安に悩まされ
それでも信じると言う事は、容易なことではない
 
それこそが、、、、人間に問われている贖罪ではないのか
 
信じる、、、、
 
確固たる何かが見える力を持て
嘘を見抜く目を持て
企みを聞き分ける耳を持て
真実を見つめる心を持て、、、、
 
そうすれば信じる事が出来る
 
信じ切ってやれ、、、
そいつの目には見えない涙をすくってやれ
そいつの静かなる叫びを聞きとってやれ
 
 
今年もわずかだ
新たな想いで、新たな年が始まる
 
自分も、愛する者も、強く信じれる力を持て