時と言うもの

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それは流れて行くもの
それは遅かったり早かったり

元来太陽の動きで計った

人間は何か目印が無いと
不安に陥る


太陽の動きで時と言う
目印を付け、不安を解消した


しかし時は本当に有る訳では無いだろう


現在過去未来


過去は記憶にすぎない
時として存在する訳ではない

未来は期待、予測、、
結局は人の心、、

では今はどうなのか、、、
今と言う時間は、、、、


細かな事を言えば
人間の五感を通して人間が
判断、認識しているもんは
全て過去になる


今見ている星の光が
過去の光であると同様


時は一瞬のみなのか

瞬時に生まれ瞬時に消える


点が線を作るように
今と言う瞬間の積み重ねが
今日明日、月、年、と物事を
創造していく。

つまり「どうしてどうして、、」と
悔やんで日々を過ごせば結果は悔やんだ
人生が描かれる

「がははは」と毎日笑って過ごせば
結果、楽しい人生が出来上がる


仏教的な思考であるが
日々の大切さを感じる切り口であろう


同時に止まっている人と走っている人の
一秒の長さは変わってくる

アインシュタインの考えだが、、、

時は同じ地球上でも速さは違う

又、時は未来から過去へは行けない

このイメージから時は流れる
と言う認識を我々は持っているのだろう


楽しいと早く流れ
苦しいと遅く流れ


時と言うもんは何だ?



時は未来永劫、無限と言う人と
時は初めと終わりが有ると言う人


宇宙のビッグバンから始まり
全宇宙が消滅するまで

人間で言えば生まれた時から死ぬ時まで

その人間にとっては時間は有限である

止めたくても止められない

逆回しも出来ない


困ったもんだ


結局、時と言うもんは
人間の人工物
概念はどうにでもつくれる

何処にカメラを置いて
そのものを捉えるかで姿形は変わる


時は、人間の意識であろう
時は、無いものであろう
時は、世界基準の下刻む
時は、重力の影響を受ける
時は、フレキシブルなもの


全ては人間の創造である

不安をかき消す為に作り
それ自体に悩まされ、、


まさに智に溺れる

智を持った故に智に苦しめられ


ここでもバランスが重要だ


知識を得すぎると知識に呑まれる
感に頼りすぎると感で潰される


人間は智を優先しすぎ
本能、動物的感覚を失いすぎた

人間が動物である以上
その動物的感覚は必要である

感覚を研ぎ澄ませ
感覚を見直せ

土に振れろ
自然に触れろ


そうすれば、時も見えてくる


第六感を研ぎ澄まそう