生と死

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この間誰かが言っていた、、
「ここ十数年、いかに生きるかを中心に言い過ぎて、いかに死ぬかが話題にならなくなり、死の存在が薄れているように思う」


何時もこのブログでの述べているが
人間は死ぬ為に生まれて、死ぬ為に生きる


人間は比較から自覚を見出し
そして永遠へと憧れるが、、、
有限の生命と言う時間の中で
狂気を自覚した時に、その命を終える


生と死も、光と影も
愛と憎しみも、悲しみも喜びも
暴力と説法も、愚かさと賢さ
全ては一体物である

切り離せぬもの

右手に聖書、左手に武器

これが人間の本質である


殺戮がなければ人間は滅亡する
賢さがなければ人間は滅亡する
死がなければ人間は存在しない


矛盾を切り離すな

思う事と行動することは
必ずしも一致しないのが当たり前


人間は動物である
「智」を発達させた動物である


智と本能と兼ね備え
生と死のバランスの中で
苦と楽のバランスを保とうと
天使の顔で悪魔の思考をとり
共有の快感を求めながら
独占の快感に溺れる、、


それが人間である

それを自覚できない者が増えた




智が先行し、、
全てが善悪を先行し、、
人間の性を否定してきた


なぜならば、、
管理下におかれるのを恐怖としている


故に、自己で管理できる
人間は改善すると訴えてきた


しかし何千も前から人間は変わっちゃいない


人を愛し、人を殺し、我侭で寛容で
悲しくては泣いて、嬉しくては泣いて



それが人間である


動物である


自覚が芽生えれば、、、
管理下に自ら追い込む



まるでホラー映画のように

何時何処で自分が豹変するかも知れない
と言う自覚が恐怖を呼び覚まし、愛する
者達を守る為に、自ら消滅を選ぶ、、


60数年前、、、
女子供、敵兵、、たちを殺し
生き延びて、今は平和を訴える人間は
山ほどいる。

人を殺して愛を語っている奴は
世界中に星の数ほどいる

物を盗んで、盗みはいけないと
偉ぶっている奴は、掃いて棄てる程いる

猫の首に鈴を付けさえすれば良いと
叫びながら、自分は猫に近づかない

助け合いを街角で訴えながら
無職者問題を考えない

分かち合おう、助け合いだと言いながら
社会、共産主義を否定する

民主主義だと言いながら
単なる多数決の専制をやっている

法治国家と言いながら
犯罪は増発、、、

世の中、金じゃ無いと言いながら
生活レベルを下げられない、、、


それが人間だ、、、

所詮人間は、死ぬ為に生まれ
昼と夜の間で、夢見ているだけ


なんて愚かな、、、
なんて虚しい、、、

たったそれだけのことを
認められない、、、