小さな世界

私は商社に入ってからは営業畑の人生で、常にライバル商社との戦いでした。

 「喧嘩一筋」のビジネスだったといえるかもしれません。その中で痛感したのは、営業で一番大事なのは話がうまい、下手ではなく、消費者や交渉相手の動きを肌で感じる現場主義ということです。

 とくに浮き沈みの激しい繊維の世界に私は長いこと身を置いてきましたが、なかでも財閥系商社やデパートなど数多くのライバルと競うファッションブランドの争奪戦は熾烈なものでした。

 例えば、イタリアの高級ブランド・アルマーニが進出する際もデパートと激しい戦いを繰り広げて販売権を勝ち取りました。負けたデパートのカリスマ経営者は、その年の幹部を集めた忘年会で、「アルマーニのブランドを取られる失態を演じた。ボケッとしてるからだ」と激怒し、幹部らは悔し涙を流したと言われるくらい壮絶なものでした。
プレジデント 7月2日(月)8時0分配信
 
日本文化のそのままを表現している。
 
 
営業マンが社長
ビックプロジェクトを成功した者が社長
一人の成功例が全ての様に、、、
 
専門職者が総合職者に早変わり、、、
 
まさに労働者社会
 
企業戦士とやらは、日々の戦いの中で何を見るのか?
 
勝った時の優越感?
達成した時の充実感?
負けた時の悔しさ、、?
 
所詮労働者の域を脱しない
 
金と地位と名誉?
 
大手企業の幹部たちは、どこの国も一緒なのかね?
 
一個人の成績、、
一部署の成績、、
一企業の成果、、、
 
そう言ったものへの強い執着心で日々働く
 
それに引っ張られるかのように多くのものが流されて行く
 
士農工商の奥深さが現代と言う時代に呑みこまれ
信用と言う金が闊歩する
 
マルクスケインズハイエクか知らないが、、、
現代社会はお金を中心に回転し、、、
 
拡張、躍進と言う麻薬漬け
 
目の前の変化が人間を突き動かす
 
新しい物が溢れ
新しい技術が生活を便利にし
昨日の貧困が今日の富へと動いていく
 
乗り遅れた者達は、落伍者としてはじかれる
 
弱肉強食のサイクルの中、人間は悩む、、、
 
富を得れば風評に悩み、損失を恐れる
落伍者は嫉妬の病に取りつかれ、己の姿が見えない
 
成功者とは富を得たものなのか?
落伍者には、なりたくない
そんな思いが「リスク回避」「無難」と言う思考を生み出す
 
 
ゴキブリの如く、、、、
生き延びてきた人間達、、、、
 
その弱くも卑劣な心の持ち主たちが
構成している現代社会、、、
 
見えざる神の手により、常に「怯え」に追われている
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もっと自由に生きれば良い
もっと勝手に生きれば良い
 
富を得たいものは得て、、
怠けたいものは怠ければ良い
 
一つだけ言える事は、、、
自分の人生は自分が決める
 
与えらるものには限界がある
 
知恵も才能も努力もなしに得られる富などあり得ない
 
しかし、その富に執着するかしないかの選択は自分にある
 
 
自由に生きれば良い、、、、隣が何をしても気にするな
限られた環境の中で、自由きままに生きれば良い
 
そしていつの世も、社会の多数は、、、、民衆と呼ばれる
「集団」である
 
寄り添う事で、、敵から身を守り、、、
じっと災難をやり過ごす事で身を守り、、
 
そんな環境下の中、知恵が技術を産んだ
科学と言う知恵が、生活の利便性を加速させた
 
「不便は嫌だ」
「死にたくない」
「もっと快適に」
 
そう言った欲望が、、、科学を押し上げた
 
 
欲望と言う列車に乗り込んだ人間は、、、
様々なものを手に入れてきた、、、
 
一度、、手に入れたものは失いたくない
 
「怯えの始まり」である
 
現代病とも言える、この病
 
「抜け駆けは許さない!」
見えざる手が、監視を強化していく、、、、
 
世間を知った者達が順番に走り始める
一度走り始めたら、休む事は許されない
 
探しものは何ですか?
見つけにくいものですか?
 
かと言って、日常の平凡さに落ち込めない
 
何かを犠牲にしてまで、走りたくない
過度な疲労は嫌とは言え、落ち込んだ生活にはなりたくない
 
世の中の理不尽さに耐え、己の感情を抑えながら
今日も民衆と言われる者達が生き延びていく、、、、
 
 
野垂れ死にするまで落ち込める奴はいないのか?
独裁者になるまで駆け上がる奴はいないのか?
 
そんな連中は歴史の渦に飲み込まれ
民衆に知られる事は無い、、、