感謝の日ねぇ

感謝と言えば、、、
人はなぜ生きるのか??
 
この疑問は昔からあり100人100様の回答がある。
 
個人的には理由などないと思います。
唯生まれ唯生きて唯死んでいく。
 
生命の循環とでも言うのでしょうか?
 
その過程のなかで死への恐怖で生き延びようとしたり
関わり合いの中で、愛によって生きようとしたり
憎しみを持って生きようとしたり
感謝を持って生きようとしたり
種の存続を思って生きようとしたり、、、
 
本当に多くのモチベーションは有ると思いますが、、
 
理由と言うのは無いと思いますね!
 
生命の神秘は人智を超えた所に存在するでしょう
 
理由ではなくて、、、
そのモチベーション(切っ掛け作り)を多くの方々は
論じているだけであり、、、、
手段方法は、千差万別、皆違って当たり前で
全てが答えになるでしょうし、又その逆も然り!
 
だいたい個で生まれ個で死んでいくと思ってますが、、
我々の生命体のシステムが解明されてもいないのに、、、
そんなものは、誰にもなんにも言えるわけがないでしょうし、、。
 
もしかしたら、、、
地球上での水の循環のシステムの様に、、
宇宙での生命体の循環の一つにしか過ぎないのかも知れない
 
勝手に人間は「智」を得る事で呪縛に頭を痛めていますが
全宇宙終焉を迎えない限り、そんなものんは解りやしない。
 
そこで、、、
唯無駄に過ごしたり、投げやりになったり、後ろ向きに生きるのではなく
どうせ生きるのならば、前向きに生きたいと言う(楽しみたい?)と言う
思いが、モチベーションの創造を行い、哲学、宗教、道徳などで、、、
様々な知識を子孫に残し始めて、思春期等をきっかけに人は
「生きる意味」「自分探し」などと言うものを意識し始める。
 
感謝すれば愛情が見え始めるし
愛を与え始めれば愛を受け止める力が湧く
 
勤労感謝もそう言う日であってほしいと願いますね!
 
個であろうとする断絶の関係を求める本能に対し
必要な反作用として、共同体と言う共に存在する感情を得ようとする。
 
それが感謝でり、愛と言うものであろう、、、。
 
人間と言う動物は、矛盾のかたまりで、、、
死ぬ為に生まれ、楽しむ為に苦しみ
笑う為に泣き、正義の為に悪を行使し
影に怯えるくせに光を求める。イメージ 1
 
21世紀まで、、、
人間の智は、善悪を汲み解き、それを理解し
更なる改善を試みようとした
結果
勧善懲悪的な、切り離しや相反するものを否定する
排除的行使を煽ってきた。
 
結果差別や戦争、、、いじめや無視、
様々な現象を今でも繰り返している。
 
在るがままに、、、
在るがままに認める、、、
これを基本としなければ、メビウスの輪から抜け出せない
 
貴方が貴方のままで居たい様に
人間は人間として存在したいのである!
 
貴方が有りのままの自分を愛して欲しい様に
人間は有りのままの人間を愛して欲しいのである
 
そして、、人間は、、、矛盾のかたまりである
と言う事である
 
光と影は切り離せない
矛盾は一対のものである
 
それを認める所から始めれば
いつもと違った世界が見えてくる、、、。
 
君子や天使の様な善人になろうとしなくても良い
自分の中の邪悪な影を許してしまえ、、、。
 
我儘に在れば、周りに迷惑を掛ける
そして感謝を知る事になる
感謝の気持ちが素直に生じれば
他人の我儘も許せるように自ずとなる
 
「いや、、、感謝に気付かずにず~~~と
 我儘なまま死んでいく奴がいる」
 
良いじゃないですか、、、させてあげれば、、
勿論生命の危機に関係するような我儘は問題ありですが
そうじゃなければ許してやれば、、、、
許せなかったら、許さなきゃいい
 
それが有りのままで在って、、、
許したきゃ許し、、許したくなかったら許さずに
憎みたければ憎み、怒りたければ怒り
笑いたければ笑い、泣きたければ泣けばいい
 
自分が笑っているのにあいつは泣いている
だからあいつはおかしいと言う閉鎖的、存在を打ち消す
様な思考は止めた方が良いと言う事である。
 
よそ者だから馬鹿だ
外国人だから危ない
等と言うような短絡的な思考でいけば戦争しかない
 
人間いくら天使と悪魔の共存生命体としても
戦争をしても良いと言う事ではなく、、、
人間の中にはそう言う本能が存在する事を容認し
戦争を人間が起こさない様にするには、どの様な
手段方法があるのかを考えシステムを構築し
そのシステムの光と影を更に認識し、影を補佐する
ヘッジを掛けて、、、且つ時代の変化により
調整変更の部分も始めから想定しておく。
 
それだけの事を行えばかなりの諸問題は軽減する
 
しかも昔から繰り返している、あまりに幼稚な問題は
かなり軽減する、、、、
 
それでも更なる問題が続出し続ける
 
そして人間は社会の矛盾に頭を悩ます!
 
人間の矛盾を容認できるようなったら
次は、、、
社会の矛盾を容認でき様になる!!!
そこまで行くのに更なる3000年???
 
社会の矛盾を受け止められたら、、、
大きく世界は変わる、、、、
 
便利で快適な世界
と言う短絡的な世界にはならない!
 
人間は自ら清濁併せ持った世界を求める。
 
人間自身も、社会も、取り巻く宇宙も自然も
全ては矛盾が存在しその矛盾性をどう管理するのか!?
 
そして管理とは、反する存在、異物を単純に排除する
事ではなく、在りのままを認め、ヘッジも掛けながら
調整変更を含め柔軟性と徹底順守の両面を持ってハンドリングする事である。
 
こんな単純な事が現実問題、出来ていないのが現実社会である。
 
自由と管理
責任と権利
個人と団体
様々な場面に於いて、人間は反する立場にあり
その矛盾性を管理しなければいけない!
 
それを行動に移せるのは、、、
若い世代しかない!!!
 
子供達よ、、、、
よくよく考え、行動をするようにした方が良い。
既存の概念にとらわれず、破壊のみでもなく
ニュートラルの思考と感情で、バランス感覚を磨き
繋ぎあわせの妥協と言う、その場しのぎではなく
きちんと計画性の持ったバランスを管理し、次の世代へと繋ぐ事だ!
 
勤労感謝の日!!!