幸福度(NGH)

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デンマークが話題になっている。
多くの国民が幸福を感じているらしい。

日本はかなり低めの結果に終わっている。

何を基準にどのような対象を持って調べたのかは知らないが
話題になって悪い気はしないだろう。

しかし幸福とは単純なものか?

苦労がなければ良いのか?
裕福ならばいいのか?
楽しければ良いのか?

「ええねん!」

と言う言葉も聞こえてくるが、現実そうは行かないだろう。

奇怪な行動を取る人間が、そう単純な世界に落ち込めない。

人間の欲望は単純じゃない。

幾重にも重なり、且つねじれが生じている世界だ。

好きな相手と別れを選ぶ。
いけない事とは思っていても身体が求める。

遊び呆ける事も出来ず、生真面目さだけでもいけず。

それだけ勝手な人間が、何らかの単純法則に従って
幸福感を満喫できるかと言えば、無理と言う回答がみえる。

裕福で幸せと感じる時期もある。
笑っていれば幸せと感じる時期もある。
苦労しても、幸せを感じる時期はある。
泣いても、傷ついても、幸せを感じる時もある。

それが人間だろう。

物質主義と精神主義のバランスが影響するだろうが
単順に半々ならば良いとはならないのが人間だ。

直線的な単純快感に落ち込めれば、どれだけ悩まずに済むか、、。

本当に人間とは不思議なものである。

人間の幸福とは、矛盾の塊りであろう。

喜怒哀楽全てが入り乱れ、時に逃避、時に立ち向かい
時に悩み、時に快感を得ながら、その総合的結果として
個人の幸福感が構成されて行き、最後にこんなもんだな人生は、、
と、涙しながらこの世に別れを告げる時が来るのだろう。

死に向かい生きていくという矛盾を抱えながらの
人間の生命は、太古の昔から組み込まれた仕組みの中で
足掻き、苦しみ、積重ねてた歴史である。

今日泣いている人も明日には笑顔になれる。
今日分かれた人たちでも、明日には又出会える。

流れて行けとは思わないが、決め付ける事もなかろう。

大きな世界でのちっぽけな自分の存在をしっかりと認識し
その中で、見つけ出すことの様々な思いを胸に生きぬく事が
結果として幸福に繋がっていくものであろう。

人間の幸福とは、単純なものではない。
単順に比較論で評価できるものでもない。

常に光と影の一対の世界に生きている中で
単順に分けようとする考え方は、ちょっと見直したほうが
いいのではないだろうか、、、。

表と裏を、光と影を、善と悪を、一つのものとして捉え
排除するのではなく、そのものをそのものとして受け入れ
他人も自分も含め、人間の天子の部分と悪魔の部分を
まんま受け止めてあげればよい。

誰もが一緒で、誰もが違う。
誰もが同じで、誰もが違う。

人間は、本当に面白き生物である。